コラム
日米台国際桜交流会と安倍昭恵さん

知人から「安倍昭恵夫人が来るから参加して」とお誘いがあり、物見遊山でヒョコヒョコ上野の精養軒まで「日米台国際桜フォーラム」という催しに参加してきました。桜という名称と名誉会長である昭恵夫人のフワっとしたオーラでカモフラージュしつつ対中国に向けて日米台の関係強化を訴える、なかなか硬派な催しでした。
昭和天皇は皇太子時代の1923年(大正12年)に台湾を訪問され、現地で桜やガジュマルなどを記念植樹されています。その桜の苗木の日本里帰りを実現させようと、令和に入ると台湾財界や文化界の著名有志が中心となり、東京と台北の地で「苗木目録寄贈式」が日台関係者によって開催されたとか。さらに2024年に「一般財団法人 日台国際桜交流会」という団体を設立し、「里帰りした桜の苗木を皇室ゆかりの地や神社仏閣等に植樹しながら、世界各国との親睦を深め文化交流及び経済交流の輪を広めることを目的としている」とパンフレットには記されていました。他方、パンフレットに記載されてはいませんが、文化や経済と合わせ台湾と日本の政治的、軍事的結びつきもより強化していきましょうという意図が自ずと透けて見えてきます。
会の名誉会長で昨年95歳で亡くなった安部元総理の母・洋子さんの跡を受け、昭恵さんがその任を引き継いだそうです。今回、生の昭恵さんを初めて間近から眺め肉声を聞きました。安倍元総理がご存命中は首相夫人らしからぬ自由な言動が何かと物議をかもしましたが、ひとりの人間として女性として見た場合、素の昭恵さんは邪気というものを感じさせない実に可愛らしい女性でした。
昭恵さんは挨拶の途中で安倍元総理に話が及ぶと、声を詰まらせ涙声になっていました。地元の支援者たちから地盤を引き継いで政界進出をという声も多かったようですが、彼女自身は「自分は政治家には向かない。政治とは異なる立場で支えていただいた皆様に感謝しつつ、自分に出来ることをせいいっぱいやっていく」と決意を語っていました。昭恵さんだけでなく、このフォーラムに登壇した方々は等しく安倍元総理を心から偲んでいる様子でした。前台湾駐日代表の謝氏も米国の政治学者であるエルドリッチ氏も、世界が難局を迎えるなかでトランプ大統領やプーチン大統領とも等しくコミュニケーションを取れた政治家・安倍晋三を失ったことの大きな損失を嘆き、人間・安倍晋三の大らかな人柄に想いを馳せていました。
彼が凶弾に倒れた2022年夏の参院選、あの日の2週間前に宇都宮二荒山神社の鳥居の前で安倍元総理による応援演説があり、私も見に行きました。総理の座を降りた安倍さんは「これからは自由に色々発信していきたい」と清々とした表情で満面の笑みをたたえ、元気に語っていました。それから間もなくのことです。信じがたい突然の訃報を聞き、真っ先に心をよぎったのは「自民党の良心が亡くなった」という思いでした。
ファーストレディ時代、一挙手一投足がマスコミのやり玉にあげられる昭恵さんを、安倍元総理は身を挺してかばっていました。たとえ世界を敵にまわしても、自分にとって一番大切な人を守ろうとする気概の無い男性に、国家を守れるはずがありません。昭恵さんは安倍元総理にとって、かけがえのない存在だったことでしょう。
こういうことを言っていると「なら、世界を敵にまわしてもお前を守ってくれる男性はいるのか」とやぶへびになるので、お二人の話はこのあたりで終わりにするとしましょうか。