コラム
初めて「ミヤラジ」に出た話
年が明けた1月6日の21:00から、宇都宮市のコミュニティFM・ミヤラジの番組「乱世を生き抜く宮商人(ミヤアキビト)のチカラ」に出演しました。
そもそものきっかけは「宇都宮市100人カイギ」というイベントに参加したことから始まります。これはどういったテーマの集まりかというと、毎月1回の開催で、毎回肩書や仕事を問わない5人が登壇し、10分間で自身について語る・・というもの。全20回開催し、登壇者が100人になったら終了するようです。その4回目に登壇したことで、100人カイギの運営代表の山口さんから紹介を受け、ミヤラジ出演が実現したという経緯(いきさつ)です。北関東一の都市とはいえ宇都宮は狭いので、何かの会合で一緒になった人の友達が自分と共通の友達だったり、良くも悪くも、噂や話もすぐに回ります。(それが怖いところでもある)
自分はお酒が飲めないせいあり(意外だと驚かれますが、アルコール分解酵素を持たない家系)、積極的に飲み会に参加することも少なく、会合や集まりやイベントにあまり関わって来なかった人間で、ようやく最近「多少経験を積んだし、もうそろそろ表に出て発言してみようか」と重い腰を上げた次第。
でも、ラジオに出るってこと、友人たちに言えなかった・・。電波に乗せて自分の声を聴かせるのって、かなり抵抗がありましたね。それでも何人かの友人から放送中にメッセージが届き、メチャクチャ嬉しかったです。1時間の持ち時間ですが、曲が2曲入るので、語りは実質40分ほど。リクエストは中森明菜の「DESIRE‐情熱‐」とPSY.S(サイズ)の「Lemonの勇気」にしました。
10代に頃、私の押しは聖子ちゃんだった。今さらながら、40年経ってもま色褪せない明菜の楽曲と実力の凄さが分かってきた。PSY.Sは17歳の頃、アニメ「TO‐Y(トーイ)」の主題歌だった「Lemonの勇気」を聞いて「これだ!」と痺れた。シンセサイザーのピコピコした電子音の中にもどこか懐かしさ漂う松浦さんが作る曲、抽象的で詩的な歌詞、それを凛とした揺るぎないチャカのパワフルなボイスが歌い上げる。この三つの要素が噛み合うことで、独自の世界観を形成していたのがPSY.Sだったと思う。
当日はパーソナリティのルーさんこと、津田さんに上手にエスコートしてもらい、1時間があっという間でした。出演前に31個の質問状がメールで届いたので、ライターという仕事柄、詳細に掘り下げて書いてみました。それら31個の質問に対する回答を、番組の冒頭に一通り発表するんですね。
せっかくなので、日々私が何を考えて仕事をしているか、質問の回答を公開します。
01 お名前は?
恩田 澄江(おんだ すみえ)
02 親しい人からのニックネームは?
スミエちゃん
オンダ
03 生年月日は?(あるいは、生まれ年は?)
1968年(S43)4月
04 出身地は?(あるいは出身校は?)
宇都宮市生まれ(宇都宮北高卒)
05 中学や高校の頃、何に熱中してた?
中高時代はバスケットボール、大学でワンダーフォーゲル
06 今、何に熱中していますか?
仕事。既存のシステムが変化したり崩壊するなかで、従来の方法論が通用しなくなった現在、どういう思考で世界と向き合い、自分と自分の周囲の人たちが気分良く生き延びられるかが大前提で、そのために自分の立場で何ができるかを考えるのに熱中というより集中しています。
07 今後、やりたいことは?(プライベートで)
時間的になかなか難しいですが、漫画を読みたい。最近の作家さんの漫画は私が読んでいた頃の漫画とはぜんぜん違う切り口とストーリーだし深みもある。
08 日常のルーティン または 心がけていることは?
遅ればせながら、昨年秋にようやくホームページを立ち上げたので、徒然なるままに日々感じたことをコラムに書いて小まめに更新する。
09 尊敬する または 目標とする経営者は?
特にいません。正解は無いと思っているので、全ては自分次第。
10 座右の銘 または 大切にしているワンフレーズは?
「人生を内側から生きる」(人類学者の中沢新一氏の著書より)
「自分が世界を支える」(脳科学者の茂木健一郎氏の著書より)
「たとえ明日世界が滅ぼうとも、今日僕はリンゴの木を植える」(宗教改革のマルティン・ルター)
11 貴社の社名は?
有限会社ユーアンドエス
12 役職は?
代表取締役
13 どんな事業ですか?
隙間産業と呼ばれるジャンルに特化しています。
発送代行業・内職作業請負・出張にて荷物の仕分け、ピッキング作業請負など
恩田澄江個人のライフワークとしてライター業(以前は作文の添削などもやっていた)
14 貴社の強みは何ですか?
ふだんは何をやっているかよく分からない会社だが「いざ、鎌倉!」の掛け声ひとつで、九ノ一のごとく有能な女性スタッフが四方から集結し機動力を発揮、さまざまが難題を解決してきた実績があります。
15 SDGs、または地域貢献に帰する貴社の取り組みは?
弊社の作業場に地域の高齢女性(60代~80代)が集まり、おしゃべりしながら手を動かし楽しく内職作業に取り組んでいます。中にはご主人を亡くし、一人暮らしの女性もいます。そういった女性たちにコミュニケーションの場と、些少ではありますが年金+αの収入の場を提供しております。ある意味、コミュニティセンターとしての機能を果たす現場でもあり、弊社の存在自体が社会貢献であると自負しております。
16 今、貴社にとって最大のリスクはなんですか?
紙媒体のDMが減り、企業がメールやLINEで広告やDMを打つようになっていること。この流れは止まらない。
17 今、貴社にとって最大のチャンスはなんですか?
弊社は完全に旧式のシステムに乗ったアナログ事業を続けてきましたが、このシステムがほぼ終わろうとしています。しかし、アナログは決してゼロにはなりません。どこかに隙間は必ず出来ます。ここまで踏ん張ってきたゆえに構築されたネットワークを活用し、弊社の女性たちが取り組めるような、これまでとは形態を変えたアナログ業務に切り替えを図っております。
18 今、貴社に必要なものは(お金以外)何ですか?
やはり何と言ってもお金がですが(笑)、それ以外では秘書みたいな人材。そうすれば私がもう少し広範囲に動くことができます。でも、今は雇えるだけの経費が出ないのが現実。
19 今後、貴社が取り組みたいことは何ですか?
女性のコミュニケーション力や器用さを活かした事業を構築したい。
20 今の仕事に就いたきっかけは?
サラリーマン時代、その時務めていた会社の社長さんが事業をたたむことを決め、継続できる部門を引き継いで起業しました。
21 今の仕事で最も充実を感じる瞬間は?
スタッフの皆さんがお互いをフォローしながら、楽しそうに仕事をする空間が生み出す穏やかな空気を感じる時。
クライアントさんに「恩田さんに救われたよ」と言われる時。
22 今の仕事で最も大切にしていることは?
和を以て貴しと為す(わをもってたっとしとなす)
23 今の仕事でピンチだった時、助けてくれたのは何(誰)ですか?
金銭的なことでは身内、仕事においては若い頃から共に仕事をしてきた取引先の営業担当の方。新しい事業を弊社に振ってくれました。そのお陰で今があります。
24 「鳴かぬなら?」(○○○○○○ほととぎす)
鳴かせてみせようとまでのおこがましさはないが、鳴くまで待ってもいられない。だから鳴かせてみせようというマウントは取らずに、傍らに寄り添いつつ自然に確実に距離を縮めていくよう努める。
25 宇都宮の好きなところは?
ほどよく都会、ほどよく田舎。バランスが良い。
26 宇都宮の「ここ変えたほうがいいんじゃないかな」なところは?
駅東が工業団地、マンション群を抱える近代都市的な風景なら、駅西側はガラっと雰囲気を変えて歴史や文化、アート的側面をアピールできる街づくりを期待したい。
27 最近、腹が立ったことは?
同居する母親と会話すると訳がわからんことを言うので腹が立つことが多くなった。実にくだらないことがきっかけで言い合いになるが、そこは親子なので一過性で終わります。
28 最近、泣きたいくらい悲しかったことは?
起業して以来、ずっといっしょに仕事をしてきたスタッフさんの1人が急逝したこと。長くいるスタッフは70歳前後になり、確実に毎年歳を取っているのですが、残った者たちは出来ることを可能な限りがんばろうと誓い合いました。
29 最近、笑ったことは?
しょっちゅう笑っています。
30 最近、嬉しかったことは?
獣医さんからあと一週間しかもたないかも…と言われた猫(保護猫4匹おります)が復活し、元気になったこと。世の中の猫たちが丸くなって穏やかに眠れる平和な世界が続きますように。
31 今、一番感謝をしたい人は?そしてその人にメッセージを。
いつも私のサウンドバックになってくれて、私のやり場のないストレスを全て受け止め、さっさと流し一晩寝れば全て忘れてくれる母親に心から感謝し、いつもは決して口にしないが「お母さん、いつもありがとう。本当は感謝しているよ。お母さんの娘で本当に助かりました」の言葉を送ります。
