コラム
たとえ明日世界が滅ぼうとも…
これは社会の世界史の授業で必ず学ぶ人物、16世紀に宗教改革を推進したドイツの神学者、マルティン・ルターの言葉だそうです。
先日、宇都宮市のコミュニティFM・ミヤラジの「乱世を生き抜く宮商人(ミヤアキビト)のチカラ」に出演させていただき、事前に送られてきた「31の質問状」の中に「座右の銘 または 大切にしているワンフレーズは?」という質問がありました。それに対し、3つ記入し、そのうち1つがマルティン・ルターの言葉でした。
さて、自分がこのフレーズを大切にしている理由ですが、何のことはない、これはマルティン・ルターでなく恩田澄江の言葉だからです。
あれは、いつぞやの何かの選挙前のこと。某地方議員を激励するパーティー会場に、某国会議員の先生が応援に駆け付けました。そこで国会議員の先生が応援演説の冒頭で「私は彼の日々の活動を見ていると、-たとえ明日世界が滅ぼうとも、今日僕はリンゴの木を植える-という言葉が浮かびます!」と、かましたのです。それを聞いて、自分は思わず「へっ?」と思いました。「それは、私のセリフだよ!」とね。
話はさらにだいぶさかのぼり、まだ20歳の恋多き乙女だった頃、カワシマ君という彼氏がおりました。サークルの1つ学年が上の先輩で、高校までまったく浮いた話の無かった自分にとって、初めて「彼氏」と呼べる存在でした。もう嬉しくて大好きで、当時はカワシマ君のために夕飯のメニューを考え、買い物をして、毎日キッチン(とはほど遠い、築25年の木造アパートの台所)に立っていそいそと手料理を作る、それがすべてのような日常だった気がします。
卒業後、だいぶ時が経ってから学生時代の友人の家に久々に遊びに行った際、思い出話に花が咲くなかで、友人の口からこんな話が出ました。
「オンダがカワシマ君のためにがんばって手料理を作っていた頃、・・たとえ明日世界が滅ぼうとも、私はカワシマ君のために料理を作る!・・なーんて言ってた。覚えてる?」と、カラカラ笑うのです。
「そんなコト、言ったのかな?」と、自分はまったく覚えがありません。
その場はそれで終わりましたが、それから数年後に例の国会議員の応援演説で、単語は違えども同じフレーズを聞くことになり「いったいこれは誰の言葉なんだ?」と調べたところ、マルティン・ルターの言葉でした。
マルティン・ルター、500年前に生きた人です。一般的に知られていることは16世紀、カトリック教会が免罪符なるものを発行し「お金を払ってこれを購入すれば犯した罪は許される」と、一般庶民たちに売り出しました。ルターはこういったカトリック教会の行為を「腐敗だ」と強く非難し、ここからヨーロッパ全土に広がる宗教改革の火ぶたが切られます。
「たとえ明日世界が滅ぼうとも、今日僕はリンゴの木を植える」ルターはどんな想いで、どういった意図でこの言葉を残したのでしょう。最終的にルターはローマカトリック教会から破門され、新教(プロテスタント)を立ち上げます。カトリックが支配的な世界において、神の代理人であるローマ教皇から破門を言い渡されることは、当時の人々にとっては生きる依り代を失うことであり、自分が立っていた大地が崩れ、奈落の底へ付き落とされる思いだったことでしょう。まさしく「世界が滅ぶ」に等しい状況です。
それでもルターはリンゴの木を植え続けます。リンゴとは、エデンの園でアダムとイブが口にした禁断の果実、知恵の実です。旧約聖書ではリンゴを口にした二人はエデンの園から追放され、ここから人類の歴史がスタートします。
この言葉は、たとえカトリック教会に破門されても自分の信じる世界を自ら創造していくという、ルターの覚悟の表われなのかもしれません。そして、その意志がある限り世界は決して滅ばない、という信念。
ひるがえって、自分がカワシマ君のために木造ボロアパートの台所で料理を作っていたことと、世界史に残るルターの功績を同じ土俵で論じることなど論外です。でも、意外と根っこは同じなのかもしれない。たとえアパートの外側で、ゴオーっと音を立てて世界が崩れ去ったとしても、ルターがリンゴの木を植えるように、なんぴとたりとも、恩田澄江が好きな人のためにご飯を作ることを邪魔することはできない。
国や時代や立場が違えども人間の考えることは、たいして変わらないものかもしれません。
