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コラム

2026
03 / 23
23:50

猫という生き物は・・・(初代スー編)

猫という生き物は・・・(初代スー編)

ご近所の縁をつなぐ猫 (2015/5/26記)

 

スーがいなくなった。いずれ、そういう日が来るんじゃないかと覚悟はしていたが、ついにその日はやって来た。今の家に引っ越してきて、3週間が過ぎようとしていた。

 

スーは我が家の保護猫である。東日本大震災のあった2011年の暮れにどこからともなくやって来て、ちゃっかりウチの猫におさまった。スーが来た時、我が家にはすでに2匹の猫がいた。1匹はキジトラのおばあちゃん猫で、もう1匹は2010年の12月に迷い込んできた、若い白×黒ブチのメス猫だった。

スーは男の子だったから、白黒ブチのメスのハナちゃんを追いかけて(なにせ魅力的なお尻を持った女の子だったから)我が家にたどり着いたのだろう。

猫は縁あって拾うものだと思っているので、「ここにいたい」と主張する猫については保護し、避妊や去勢手術を施し家に置くようにしている。

 

犬は人になつき、猫は家になつくと昔から言われており、事故以外で猫がいなくなる大きな要因のひとつとして環境の変化があげられる。だから今回の引っ越しで、1番の懸案はスーだった。子猫ならともかく、大人の猫が劇的な環境の変化にうまく馴染んでくれるだろうか。

 

高校時代の友人である獣医のヨウコ先生に相談したところ、「この引っ越しを機に、スーちゃんを室内飼いにしたらいかがでしょうか。外飼いの猫を室内飼いにするのは、引っ越しがチャンスです。その際、ガラスや玄関をガリガリやって外に出たいと鳴いても、ひたすら無視することです。外でウィルスなどに感染した猫はかわいそうです。スーちゃんがうまく室内飼いに慣れることを祈ります。飼い主さんも忍耐が必要なので、頑張ってください。」と、ご丁寧なメールが届いた。

「スーと暮らすためには忍耐ね、忍耐」と私は気持ちを振い立たせ、2015331日にキャリーケースに入れて、スーを新居に運び込んだのだ。

 

それから1週間、スーは朝も昼も夜も鳴き続けた。鳴き疲れると眠り、起きてはまた鳴いて、玄関やサッシを開けようと必死になってガリガリした。忍耐とはいえ、それはあまりにも見ていて不憫な姿だった。

 

たとえウィルスや事故から保護されようとも、こんなに外の世界を求める猫を家の中に隔離することが、本当に正しいことなのだろうか。

「病気や事故から守る」というのは人間側の言い分で、猫にとって一番残酷なのは、屋根や塀の上を歩いたり、お日さまの匂いのする草の上で昼寝をする自由を奪われることなんじゃないだろうか。でも、今外に出したら、絶対にスーは我が家に戻って来られないだろう。

 

引っ越して以来、スーの鳴き声で家族は全員寝不足になったが、10日目くらいから少し落ち着いたように見えた。鳴かない時は2階の窓から、ジっと外を見ているようになった。そうして家族が油断したすきに、トイレの窓の網戸を自分で器用に開けて脱走してしまったのだ。気付いて外を探したが、どこにも姿は見当たらない。

「ダメか・・」と思ったら、2時間後に前の家の方から「ニャー」と戻ってきた。外から帰って来たスーはとても満ち足りた顔をして、座布団の上でグッスリと眠った。

 

次の日、私はわざと部屋のサッシを少しだけ開け放しにしてみた。案の定、スーはそこから出て行った。そして今度は四時間後に戻ってきた。それが数日間続いた。「この調子でうまく周囲の地理を覚えてくれたら・・」と、期待に胸を膨らませた。でも外に出すのは昼間だけにしておいた。夜は動きが活発になるからだ。ところがある日、うっかりして夕方もサッシが開けたままになっており、気付いた時はスーが外に出てしまった後で、そして戻って来なかった。

 

でも、私はスーが一度脱走して以来、いつかこうなることはどこかで覚悟していたかもしれない。きっとスーは昼間近所を偵察し、あの日の夕方、覚悟を決めて家出を決行したのだ。自由と、もっと居心地のよい場所を求めて!

 

ところが・・・だ。

約ひと月後、スーが見つかった。しかも驚くべきことに、前の家にちゃんと帰っていたのである。

5月も半ばばを過ぎた月曜日の朝、元の家の二軒隣だったウガジン床屋から電話が入った。

 

「さっきね、隣のツノダさんと話していたら、オンダさんとこの猫らしいのが庭に来たって言ってるんだよ。ツノダさんに連絡してみなよ」

というので、早速ツノダさん(元の家の道をはさんで向かい側の家で、祖父母の代から交流があるお宅)に電話をしてみた。

 

「どうも、ご無沙汰してます。さっきね、ウガジンさんからうちの猫らしいのがツノダさんとこに来たって連絡をもらったんですけど、ウチの猫でしたか?新居に連れていったら、ひと月前にいなくなっちゃったんですよ」

 

「そうそう、猫が来てるよ。オンダさんの猫のような気がするんだけどなぁ」

 

そこで、すぐに母親とツノダさんを訪ね、携帯に保存してあったスーの写真を見せた。

 

「こんな感じの猫だけど・・」

 

「こんな感じだったような気がするけど、なにせいつも見かけるのが夕方だから、色がはっきりわかんないんだよね」

 

「いつ頃から見かけるようになりました?」

 

「いやぁ、ここ四、五日くらいかなぁ」

 

そういった会話を交わし、また見かけたら連絡もらえるようにツノダさんに頼んで、ひとまず家に戻った。その際、ツノダさんの奥さんは、世間話をしながら何気なく、庭の花を五本ほど切って分けてくれた。

それから小一時間後、暗くなった頃にツノダさんから「いま来てるよ!やっぱりあの猫だよ!」と電話があり、取るものもとりあえず再び出動。

 

「今さっきまでここにいて、外からウチの中をのぞいてたけど、ちょっと前にタタミ屋さんの作業場に入っていっちゃったよ」とツノダさん。ふと下を見ると、玄関横に、水と焼いたシャケの骨が置いてある。ツノダさん、ちゃんと気にかけてくれていたんだ。ありがたいな。

 

タタミ屋さんは、昔の我が家のすぐ南側の家である。先代のご主人は早くに亡くなり、今はノンちゃんという、先代の次男さんが家業を継いでいる。たしかにスーはこちらにいた頃、タタミ屋さんの仕事場付近をよくうろついていた。

でも、3つ年上のノンちゃんは私の幼なじみだが、もうだいぶ長いこと言葉を交わしてしなかった。

 

「すみません。ウチの猫が戻ってきていると目撃情報があって、こちらで見かけませんでした?」

裏口から思い切って、作業場のノンちゃんに声をかけた。

 

「あれ?オンダさんとこの猫って、もう二週間前から来てるよ。だから置いていったのかと思ってたけど、そうか、戻ってきたんだね」

と気さくに答えてくれた。ノンちゃんと数十年ぶりの会話である。

 

2週間前とは、意外に早い時期に、スーは戻っていたのである。しかもよくよく話を聞けば、こちらにいた時から、スーはちょくちょくタタミ屋さんの作業場におじゃまして、ゴロゴロ寝ていたらしい。

タタミ屋さんも動物好きで犬を飼っているのだが、そのワンちゃんもすっかりスーには慣れっこになって、見かけても特に吠えないのだそうだ。

 

猫は何軒か家を持つと言われているが、はやりスーもそうだった。知らぬは飼い主ばかりである。とりあえず見かけたら連絡くれるよう、ノンちゃんに自分の名刺を置いてきた。

そして翌朝、いよいよ再会の日が訪れたのである。

 

8時にノンちゃんから電話が入った。速攻で向かうと、ノンちゃんが作業場にやって来たスーを捕まえておいてくれたのだ。それは正真正銘のスーだった。ガリガリに痩せこけていたらどうしようと心配だったが、見た目はほとんど変わらない。毛並みもきれいで、汚れていない。抱っこしたら多少軽くなったかな?と感じる程度で、もともと肥満気味だったから、ちょうど良い体重になったともいえる。

 

いなくなってひと月、もし食べ物に不自由していたら、こんな状態は保てるはずはない。これはどこかに、エサ場を確保していると考えるほうが自然である。

しかし何より驚くべきことは、スーが元の家に戻ったという事実だ。

よく猫が元の家へ戻る話は聞く。しかし、あのおっとりとしたスーにそんな能力があったとは・・。

 

元の家と今の家は、直線距離にすれば2キロくらい。でも、その間には、宇都宮環状線という車の往来が絶えない四車線道路が横たわっている。

命を危険にさらす環状線越えを、スーは独りでやってのけたのだ。何とまあ。よくぞ無事で渡りきったこと!

 

色々調べてみると、この猫の帰巣本能はある種の特別な能力であるという。目標を定めると、頭の中で立体的な地図を作成する能力が猫にはあると考えられているようだ。もしくは、ある特定の目印や方向にのみ強く反応する能力とか。

 

スーは新居に引っ越した後、夜になると私の2階の部屋から、じっと元の家の方角を見据えていた。

少し高台にあるため、遠方までよく見渡せる場所だった。スーが見つめるその先には、元の家の前にあったスーパーたいらやの看板が「こっちこっち」と呼びかけるように、光を放っている。

 

「あそこに絶対帰る」と、スーは遠くに光るたいらやの看板を見つめながら、頭の中に地図を描いていたのだろうか。そして3日間、元の家に辿り着くためのスタート地点を確認し、私たちが「外に出てもこの子は戻って来るから」と油断したすきに、家出を決行したのだろうか。

 

もしかしたら元の家は大谷街道沿いだったため、車が道路から消える時間帯を、スーは感覚で分かっていたのかも知れない。環状線から唯一車が消える時間帯は、夜中の3時から4時の間だ。その時間帯なら、猫の足でも無事に四車線道路を渡り切れる。

 

とにもかくにも、スーは命を賭して、懐かしい我が家に戻った。その意志は何がどうなろうと、決して変わらないだろう。たとえ連れ戻しても、スーにとってはありがた迷惑なだけかも知れない。そして再び家出をするだろう。ただし、次は無事に環状線を越えられるとは限らない。

 

そんな事情を説明すると、ツノダさんもノンちゃんも、他の組内の皆さんも、スーを見守ってくれることを快諾してくれた。私たちがノンちゃんに、定期的にキャットフードを預けに行くことで話がまとまった。

 

まったくもって、ご近所の底力とスーの人徳ならぬ、猫徳を見た思いである。初夏の爽やかな空気が香る5月の夕暮れ時、一匹の猫の大胆な勇気と行動によって、消えかけていたご近所の縁が再びつながったのである。