有限会社ユーアンドエス 代表取締役/ライター 恩田すみえのホームページ

コラム

2026
03 / 17
21:15

猫という生き物は・・・(ハナちゃん編)

 

桜の季節の別れ(2012/4/25の記)

 

飼い猫のハナちゃんが突然いなくなって、もう2週間以上になる。前の日の夜まで何事もなく、その辺りを走り回り炬燵で眠っていたのに、朝になって戻って来なかった。

 

その数日前の夜、私は家の階段の上でハナちゃんを思わず踏んづけてバランスを崩し、階段下の玄関のドアの前まで頭から滑り落ちた。電気をつけず階段へ足を踏み出したら、そこにハナちゃんがうずくまっていたのだ。私を階段で待っていたんだな。階段から落ちた時、ものすごい音が家中に響きわたり、家族は雷が落ちたと思ったらしい。滑り落ちながら私は「ハナちゃんを巻き込んじゃいけない」と、それだけが心配だった。

 

ハナちゃんは黒×白のツートンカラーのメスのブチ猫で、顔は黒のヘルメットをかぶっているように見えた。パーマンの顔に猫耳をつけた感じとイメージすればいい。そこに金色の大きな目がついていた。美人ではないが、個性的な顔だ。お腹は真っ白で胸の部分に黒い丸いポッチがあった。背中から尻尾はツヤツヤした黒い毛で被われていた。だから暗闇でうずくまると、闇にまぎれて見えない忍者猫だった。

 

玄関前で激痛に絶える私の視界の隅っこに、一目散に外に走って逃げるハナちゃんの姿がチラリと入ってきた。

(あぁ、ハナちゃんは無事だったんだ)

とホッとした。その後救急車で運ばれて、骨折の処置をして帰ってきたのが明け方で、そしたらハナちゃんも外から戻ってきた。申し訳なさそうな顔をして、小さくなっているハナちゃんが何とも不憫だったな。

「ハナちゃん、踏んじゃってごめんね。痛くなかった?」と頭を撫でてあげたら、金色の目で「ゴメンネ(たぶんそう言ったと思う)」と、私を見上げていたハナちゃん。

 私は右腕を骨折したがハナちゃんは特に変わりはなく、ご飯をモリモリ食べ、昨年12月から家族に加わった弟分のスーとじゃれ合いながら、いつもと同じ日常を送り、それから六日後に忽然と姿を消した。

 

ここ2年ばかり、年末になると立て続けになぜか猫が迷い込んでくる。ハナちゃんが我が家に来たのは一昨年の12月。翌年の12月にはオスのスーが、ハナちゃんを追いかけてどこからともなくやって来て、そのまま我が家に居座った。

 

ハナちゃんを来たのは、寒い冬の夜だった。まだ手のひらに乗るくらいの子猫で、体調が悪いのか、目ヤニで目がふさがっていた。下痢もひどく、お尻のあたりはただれて、毛が抜け落ちていた。でもありったけの力を振り絞って懸命に我が家の軒下で、ミャーミャー鳴いていた。

「気のせい、気のせい」としばらく無視していたが、とうとう鳴き声に耐えられず拾ったのだ。

牛乳をあげたら、ペロペロ舐めた(すぐに下から汚水となって出てきたが・・)。

抱っこすると安心したのかスースー眠りだしたので、私も茶の間の炬燵に入ったまま、朝までずっと膝の上に置いてあげた。

 

自分が拾って一晩抱いていた猫のせいか、3匹の猫(もう1匹、14歳の高齢猫がいる)のなかで、ハナちゃんへの愛情は特別なものがあったと思う。

スーがやって来る前のハナちゃんは勝気で独占欲が強く、よく高齢猫をいじめていたが、スーが来て弟分ができるとだいぶ変わった。何より高齢猫をいじめなくなった。お姉ちゃんとしての自覚が出てきたのと、じゃれ合う相手が見つかり張り合いが出たのかも知れない。

 

それでもやはりハナちゃんは、一番活発な猫だった。オスのスーは台所の椅子の上でぐうたら寝ている時間が多いが、ハナちゃんはいつもアグレッシブに、外をパトロールしていた。動くせいか食欲旺盛、狩も上手、体も女の子なのに筋肉質でガッチリしていて、この子は絶対に病気なんかに縁がないだろうと思っていた。

 

今回はその活発さが仇となってしまったのだろうか。でもそれは、外猫の宿命でもあるのだ。我が家の猫は昔から環境が許す限り、家と外を自由に行き来していた。猫たちは塀の上で日なたぼっこをし、芝生の上を歩き、草むらで蛙やトカゲを狙い鳥や小動物を狩る。

獣医の友人には「いろんな場所で病気やケガをもらってくるから危ないよ」と言われたが、猫は犬より野生性が強い。雨上がりの廊下についた猫の足跡には辟易するが、なるべく本能に忠実に野生を生きて欲しい。でもそれは裏を返せば危険と、そして死と隣り合わせということでもある。

 

 

いなくなってから、何度も家の周りをハナちゃんの名前を呼びながら探し歩いた。家族にしかなつかない猫だったので、他人には絶対に自分からは近づかない。とすると、たぶんどこかで何らかの事情で動けなくなっている可能性が高い。外猫は体の具合が悪くなると、人目を避けて物陰にかくれ、じっとしている習性がある。昔の猫は寿命が尽きる時、人間の前から姿を消すのが普通だった。人間は猫の最期を看取れるようになったのは。家の中で飼ったり、動物病院に連れて行く習慣が普及した最近になってからのことだ。

 

しかし、昨日まで元気でいっしょに暮らしていた小さい者が今日はいない・・というこの信じがたい現実。たとえ猫でも、自分の手で小さい頃から愛しんだ者が突然姿を消して行方がわからない、という出来事を前にして、子供が突然行方不明になったり、事故で亡くなった親の思いが重なった。

次節がら、311日にNHKの特別番組で、震災で娘が未だに行方不明いう夫婦の1年が紹介されていた。父親は震災以来、毎日日記をつけていた。日記の最後に必ず「○○(娘の名前)、今日も帰らず」と書き留めていた。来る日も来る日も、最後は同じ言葉だった。

 

遺体と対面しないうちは、人間は「死」という現実をなかなか受け入れられないものなのだ。もしかしたらどこかで生きているんじゃないかと、淡い期待を抱いてしまう。仮に「死」を受け入れても、なんとか亡骸だけは自分の手で弔いたいと思うのだ。外で自由に遊ばせておいて矛盾しているかもしれないが、誰も知らない寂しい場所で、冷たい雨にたった一人で打たれていると思うと不憫でならない。

津波にさらわれたまま、戻って来ない人を待つ日々を生きる者の思いは、いかばかりだろうか。

311日の新聞の寄せ書きに、「水泳が好きだったから、まだどこかで泳いでいるのかなぁ。会いたいよ」と、行方不明の娘への思いを綴った父親の言葉に胸が詰まった。

 

平年よりだいぶ遅れて、桜の花が満開になった日、宵の明星が西の空に輝き出す時刻、スーが隣りの駐車場の角に咲く桜の木の根元に座り込み、じっと花を見上げていた。私も近寄って桜をいっしょに見る。

「ハナちゃんはいいお姉ちゃんだったよね、スー」

「ミャー」

「スーはハナちゃんが大好きだったものね。どこに行っちゃったんだろうね」

「ミャー」

「お星様になったのかもね」

思わず自分の言葉にたじろいだ。この年齢になっても、素直にこんな素朴な気持ちになることに、我ながら驚いた。

ネアンデルタール人でさえ、すでに葬送の儀式を行った痕跡を持つと言われている。感情を持つ人間はこうやって幾歳月、愛する者と別れる時、そこに何らかの意味を見いだし、その深い悲しみを乗り越えてきたのだろう。

満開の桜の花影に、ピンク色の首輪をした金色の目のハナちゃんをスーは見ていたのかも知れない。